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−ユジノサハリンスク紀行−
想像ではあるが、日本の昭和40年代位ではないか。給料は、月額2万円。その他幹部になると手当が付く。1ルーブルは日本円で4円。5,000ルーブルで食べるのは大変なようだ。でも、車を所有している人もいる。なんでかな? ソ連邦からロシアに変わってから、貧富の差が益々広がってきて、年金生活者は苦しい生活を余儀なくされている。ペレストロイカを実施したゴルバチョフは、悪の権化と言われている。 衣服は比較的綺麗で良い物を着ている。住宅は集合住宅がほとんどで、外壁は相当痛んでいたが、中は綺麗にしている。ソ連時代は住宅の個人所有は許されていなかった。 田舎に行くと小さい平屋建ての家があり、自給自足の生活をしている人も多い。余った作物を道端で売って現金を得ている。一部のお金持ちは、一般庶民よりワンランクもツウランク以上の生活をしている。 私が訪ねたロシア人は、敷地面積が500坪で温室もあり、豪華な二階建ての住宅に住んでいた。治安が悪いため、高い塀を回し番犬を二頭飼っていた。車(日本車)も二台あり程度はかなり良い。カーステレオでCDを聞いていた。我々を休暇を取ってダーチャ(別荘)に招待してご馳走してくれた。 ウオッカとコニャックで乾杯し、シャシリクと言う焼き肉がメインの料理をご馳走になった。ホタテの刺身も出た。キノコ(松茸)のバター炒めその他色々なご馳走が出された。 ロシアでは昼食がメインで昼から始まり四時位まで続いた。その間、乾杯・乾杯でまともに付き合ったら死んでしまう。酒は相当強い。声は段々大きくなってきたが、あまり酔ったふうでも無い。ウワバミを通り越して化け物だ。下戸のロシア人に会って見たい。 サハリンの経済は北部のオハ近郊にあるサハリン1、サハリン2の石油・天然ガス基地が景気が良いと言われている。ロシア本土から出稼ぎにきているとかユジノも活気はあるが、失業率も高い。大学を出ても就職が無い人もいるようです。ホームレスもいました。酒瓶片手に朝からベンチで寝ていました。 若い女の子のファッションは、身体の線を強調する服装が多い。小綺麗で清潔です。大学生などは、ローライズのジーンズが流行りのようです。お年寄りになると、もうこれ以上着れないくらい重ね着をしていました。 最後に一言 サハリンに行くと日本の良さが十分認識されます。 終わり |
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石油・天然ガス基地の看板の前を歩く娘さん |
シャシリク(焼き肉) |
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